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ゴッホ展

12467gogh65298左から「糸杉と星の見える道」1890年 クレラー=ミュラー美術館蔵、「古靴」1886年 ゴッホ美術館蔵

 努めて冷静に、同時代の他の作家の作品を参照しながら、これまでの「狂気の人」みたいな伝説化されたゴッホ像を払拭しようとしている展覧会。けれど、「孤高の画家の原風景」というサブタイトルが感傷的に解釈されてしまうのか、どうもゴッホの強烈な人生のイメージが先入観となって見ている人がまだ多いように思う。

 故郷のオランダから渡仏し、パリ〜アルル〜サン・レミ〜オーヴェル=シュル・オワーズへと北から南へ、また北へと移動したゴッホ。手紙のなかでゴッホは、新しい土地に着くといつも「ここは美しい!」と言う。南仏アルル到着時は予想外に雪が降っており、「日本の浮世絵の雪景色のようだ」と書いている。サン=レミの療養院でも植物を丹念に観察し、描くべきものを見つけた。オーヴェル=シュル・オワーズの田舎家の屋根も彼には美しい。でもいつも、次第にその土地になじめなくなり、新天地を求めた。妄想も先走り、ものごとやその土地に対する最初の期待値がものすごく高いのだ。長い手紙は、それでも書ききれない思いを暗示している。
 27歳から画家をめざすという出遅れに対する自覚があったせいか、影響を受けやすく、さまざまな描き方を取り入れていることがわかる。自然と人間について洞察し、デッサンと色彩の技術を身につけようと日々努力する実直な姿が感じられる。
「糸杉と星の見える道」を見て、狂ってるという意味合いで「キテルなあ」と言った人がいた。「星月夜」につながる、あるピークに来てるかもしれないけど、狂っているというよりは寓話的に感じられる。月と太陽は凹と凸の渦巻きになっていて、糸杉のうねりと全体の大気が一体化し、想像と現実の感触を交えたヴィジョンを丁寧に描いているように見える。現実から浮遊した宇宙のようにも見える。道ゆく人が対(カップル)なのも、人は最期は一人ではない(一人だというけれど)という思想を込めているようにも思える。それははかない願いではなく、絵の中に繰り返し出てくる、ミレーからの影響を深めた強い思いだったと思うのだ。
 ゴッホは天才ではなく、考えていることを表す技術が常に足りないため、情熱的に努力した人だ。対象との距離が近く、客観性が少ないところは子供のようだ。絵を修得するのは楽しかったと思う。しかし、きまじめ故に、絵の闇に突き進んでしまったのかもしれない。けれどその深刻な思いが過剰に高じて絵に極まったように思う。
 貧しさや孤独によって、人はどれだけ自然に慰められているかに気づき、同時に媚びては来ない自然の手強さを知らされる。それは、大人になるということかもしれない。心の病は、人為的でもあり、自然なものでもある。ゴッホは、サン=レミ時代から、ユートピアを妄想するのではなく、コントロールし得ない自然と少し向き合うようになったのではないだろうか。今回出品がなくて残念なのだが、「烏のいる麦畑」は絶望の絵ではないとやっぱり思う。少し大人になったからこそ、完成を拒否して、子供のように破壊することができたのではないか。
 もうちょっとユーモアがあったら、雲行きが違っただろうか。でも、(ユーモアではないが)わざと履きつぶして描いた「古靴」なんて、不在の人を想像させる異色の絵だ。「種を蒔く人」の人も何かかわいらしい。笑ったらゴッホは怒るだろうが、本人のあずかり知らないおかしさがある。
 もしもゴッホを哀れむなら、いまの時代のアートに眼を向けてみてはどうかと思う。いつだって大衆は味方であり、加害者でもある。私自身も含めて。

2005年3月23日(水)〜5月22日(日)
東京国立近代美術館
一般1500円、大学1000円、高校600円
10:00-17:00(木・金曜は20:00まで、入館は各30分前まで)
4/11休
TEL.03-5777-8600(ハローダイヤル)
併設のレストラン「クイーン・アリス・アクア」ではゴッホ展特別メニューも登場。

*5/31〜7/18国立国際美術館(大阪)、7/26〜9/25 愛知県美術館へ巡回。

現在発売中の4月号『BT/美術手帖』はゴッホ特集。微力ながら参加しています。

混んでいるみたいですが、午前中や木・金曜の夜がいいんじゃないでしょうか? どうでしょう? 
words:白坂ゆり

2005-04-08 at 08:09 午前 in 展覧会レポート | Permalink

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トラックバック送信日 2005/09/07 2:36:38

コメント

TBありがとうございます。ゴッホは絵でお金を得るために、挿絵画家としての仕事がしたくて、職工の絵を摺ったカードを名刺代わりにつくっていたんだそうですね(展示にありました)。ゴーギャンとうまくいかなかったけれど画家の共同アトリエ構想では、ベルナールや画商である弟テオも呼んで、画家たちが描いてテオがパリに売りにいくという、ギャラリーに頼らない今でいう郊外のオルタナティブスペース(作家主導の自主活動)に当たるような考えを持っていたみたいだし。アーティストがいかに生計を立てるか(今もあまり状況が変わっていないようにも思いますが)など、性格的にうまくやれてないんだけど、今と共通することがいろいろあって親近感がわきました。

投稿情報: shirasaka | 2005/04/15 12:09:10

TBありがとうございます☆rossaも、<孤高の画家>ってタイトルには。。。苦笑です。だって、モローにも
あと、誰かにも最近でも思い当たる同じような接頭語。ですが、<孤高の画家>ってごろごろ(笑)いそうですよね。。。ある意味、孤高じゃなきゃ画家じゃない。気もしますし(笑)<画家を目指すには遅すぎる自覚>これも感じます。それで、一生懸命だったのですよね。ほんと、まじめな方だったと思います。そして、降って沸いた才能とかでなく、ほんとに、短い時間に、わ~~~っと積んでいったもの。それが情熱☆う~~ん。でもでもrossaはゴッホは、ほんとはひまわりが好き☆です。ひまわりを<東京展>でだけ、見せた。ってところが。。。(笑)あ~~。東京。っていいなぁ。。。とおもいました。

投稿情報: rossa | 2005/09/07 2:46:00