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vol.46 風間サチコ(Sachiko Kazama)

「小さな植民地」

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古書の世界では、絶版になって入手しづらくなった昔の本を「黒っぽい本」という。当時の思いと時間が擦り込まれて味があるものだ。風間サチコの木版画は一時どんどん黒くなり、つい棟方志功を重ねて体力的にも心配になるが、テーマも黒くて応援したくなる。風間は19歳の時、仁侠映画にかぶれ「お竜姉さん(藤純子)が中ドスなら、私は彫刻刀よ」と決意したという。たとえば「戦争は百害あって一利なし」「ストップ! 帝国主義」と声を挙げたいようなときに、『夜と霧』のような体験記も『ライフ・イズ・ビューティフル』や『ボウリング・フォー・コロンバイン』のような映画もどれも有効なように、やり方はいろいろあるはず。風間には彫刻刀あり。

ー子供の頃から、社会を斜めに見るようなところがありました?

そうですね。小学生の時に喘息で学校を休みがちになって、負けん気が強い分勉強の遅れに苛立ち、中学卒業まで半ば登校拒否児でした。本を読んだり、絵を描いたりするのが好きでしたね。父は若い頃学生運動をしていて、家には赤旗新聞がありました。不破委員長の言葉を真に受けて、反権力の気持ちを燃やしたり(笑)。でも、親と共感を持つのは照れくさいので距離は置いてました。

ー美術の道に進んだのは?

祖父が画材屋の番頭をしていたので、幼い頃から浮世絵が好きで。日なたに出る仕事がしたくて、ファッションデザイナーを夢見たこともあったけど、突然、木版画をやりたい!と思った。専門学校は自由で、自分の問題意識をどう具現化するか考えながら制作してました。1920年代の大正モダニズムの版画に影響を受けていたので、最初は恩地孝四郎風や田中恭吉風、キルヒナー風とかでしたが。その時代の作家は、自己がしっかりしていて、ハードコアな部分が見え隠れする感じが好きでした。

ーテーマと手法が、迷いなく結びついたんですね。

彫る作業で感情を注入し、摺るのは絵づくりという感じです。版という媒体があると客観的になれる。描く対象は、自分にとって違和感のある風景から選んでいきました。

ー関わらなければならない問題はわりと遠くまで見えていて、手前の身近な事柄から取り組んでいったように見えるけど。

そうかもしれない。最初は中流意識をテーマに、モデルハウスをモチーフにしました。パルテノン神殿のような円柱、コロニアル様式のバルコニー。住宅広告は右肩上がりの構図が多く、バブルがはじけた後で皮肉に思われたので。熱海の貫一、お宮像は、消費社会の象徴のように見えて取り上げました。

ーさびれたリゾート地は、いま栄えている場所も光のすぐ裏は闇みたいな。

そうです。次にゴルフ場をモチーフにしたんですが、やっぱりログハウス風とか、会員制とか……。日本の中の小さな植民地のような気がして。それをロマン主義の風景画のように描いたり、キャディさんをミレーの『晩鐘』になぞらえたりしました。

ー日本の経済成長についてメスを入れる際に、田中角栄と列島改造論が出て来た?

それと、私の生まれた1972年に総理大臣になったので。ちなみに私の誕生日は、浅間山荘事件の日です。田中角栄記念館で馬の置き物や鯉を見たり、身長・体重、好きな食べ物などが載った『田中角栄データブック』なんて本も見つけました。やったことはさておき、絵にするに魅力あるキャラクターではあるんですね。ですが、この時代の「つくることで利潤が生まれる」という考えはもう断ち切れないかと。利潤が市民に還元されはしないし。

ーそのように日本について考えていくと、結局アメリカという題材は避けられないと。

大きくは欧米の帝国主義ですね。それと、くじの当選を譲られてハワイに行ったことがあって、4年前に制作した作品も出品してます。ワイキキはもともと熔岩が流れ込んだできた湿地帯で、アメリカ人がプランテーションから観光政策に転換し、白い砂とヤシの木を持ち込んで人工的なビーチをこしらえたんですね。バスガイドの青年が「本当は観光の仕事なんかしたくない。農地を生き返らせたい」と言って。その農地も植民地時代の産物なんだけどまだ良いと。宿泊先が日本の資本のリゾートホテルで申し訳ない気分でした。沖縄の基地にしても、それで生活している人もいるけど、リスクも背負わされているし。『ウルトラマンセブン』で、海で死んだ少年の幽霊が、海の怪物を「彼らが本当の先住民で、地球人が追いやるから戦う能力がないのに威嚇するんだ」と訴える話があるんです。それは沖縄出身の脚本家が描いたらしいんですが、最近の世界情勢でも思い当たりますよね。

ー抑圧の構造はなくならないですねぇ。じゃあ次のテーマももう見えてるの?

やっぱり戦争と、戦後の日本が欧米を模倣して起きた結果、という地点になるかなあ。テレビに向かっていつも怒ってて(笑)。でも、美術をやってなければ運動をしているだろうかと考えると、そうはなれなくて。うーん。美術は自由で表現の幅があるところが良いと思うんですけどね。

※2003年3月15日までマキイマサルファインアーツにて個展。
11:00-19:00(最終日17:00まで)
tel.03-3569-7227

11月に日本橋のvisio'sで個展を予定。

 
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words:白坂ゆり

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「逆算の風景」1999年

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「ダイヤモンド・ヘッズ(お宮)」1999年

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「Picturesque(オビヒロ)」2000年

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「ガソリンで見た夢」2001年

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「裏日本工業地帯」2002年

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「列島改造人間(弾丸レッシャー)」2002年

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今回初めてインスタレーションを行った。

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「Macoloniald(新大陸発見)」2003年

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「フェア・アンフェア・ワールド・トレード(今日は公正なアンクル・サム)」2003年

風間サチコ
(Sachiko Kazama)

1972年 東京都世田谷区生まれ
1992年 パルコ GOMESマンガグランプリ'93 岡崎京子賞
1994年 パルコ アーバナート#3 奨励賞/山本容子賞
1996年 武蔵野美術学園版画研究科修了
個展
1998年 ギャラリー山口/東京
1999年 「新世代への視点'99」ギャラリー山口/東京
2000年 ギャラリー手/東京
グル-プ展
1994年 パルコ アーバナート#3(渋谷パルコ/東京)
2001年 VOCA展2001(上野の森美術館/東京)
セゾンアートプログラム アートイング2001(旧牛込原町小学校/東京 )
2002年 bit展 6/7 風間サチコ&金田勝一(東京画廊/東京)
2003年 MACOLONIALD(マキイマサルファインアーツ/東京)

2003-03-07 at 02:47 午後 in アーティスト・ヴォイス | Permalink

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