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vol.38 鴻池 朋子(Tomoko Konoike)

「作り手がきちんと現在を生きていれば、同時代の人と共鳴し合えるはず」

konoike

子供と昆虫が合体した摩訶不思議なモチーフがあまりに衝撃的で、どうしてそんな世界が描けるのだろうかと知りたくなった。作者は昨年末に「みみお」という鉛筆画の絵本を発表した鴻池朋子さん。ストーリーも絵も魅力的で、一体どんな原風景の持ち主なのかと興味津々で、個展を開催中の鴻池さんを直撃した。会ってみると、いろんな引き出しを持っているステキなアーティストだった。

=実は日本画科出身=

■日本画というのは手順をきちんと踏まないとできない技法でして、まず顔料をニカワで溶いて、絵の具をつくることからはじめます。その下準備の作業が、思いついたらすぐ描きたい私には向いていなかったんです。私は紙さえあればすぐに描きたいのに、日本画で描こうとすると、イメージが消えていってしまうんですね。日本画科に入ったものの、手法的なタイミングが合わなかったんです。その頃リキテックスなどアクリル絵の具が出てきて、紙やキャンバスに水彩 画のように手軽に描けるのが私向きでした。クラスメイトは若いのに鯉とか菊とか描いていましたし、日本画の画材で描かないと講評してもらえなかったり、伝統世界そのものに疑問を感じドロップアウトしたんです。当時は反発することだけが大事なことに思えていたし、特に描きたいこともなかったので、ただただ早く卒業したかった。4年間の大学生活で得たことはほとんどなかったです。

=すぐに就職して良かった=

■多くの学生が大学院へ進みましたが、私はあっさり就職しました。きっちりした仕事ではないイメージにひかれて、おもちゃの企画会社に入ったんです。職種的にも珍しい仕事で、子供のために作るというよりは自分が子供の頃こんなのあったらよかったなと思うモノを形にするような感覚で、模型をつくったり図面 を引いたりの毎日でした。企画が通って初めて手がけた大きな仕事がバービーハウスでした。その頃の仲間って今色々な業界で活躍しているんですよ。芸大日本画出身というと一般 的には蔑視されがちですが、自分にとっては何の価値もなくて、そこから飛び出して社会に出て教えられたことの方がキラキラしてて、実践的です。企画やプレゼンテーションを学んだことが、モノをどうやって作ってどうやって見せていくか、ということにつながっていると思います。

=プロダクトと作品=

■おもちゃのデザインからスタートして雑貨、家具のデザイン、そこからオブジェに、自然に発展していきました。鉛筆画のアニメーションを制作したり、3年ほど前からペインティングを手掛けています。グッズにしろアート作品にしろ、これまで自分でやってきたことがカタチになったにすぎません。商品化するときは目的や対象があるんですけど、プロダクトと作品のどちらの良さも分かってきて、使い分けができるようになってきています。量 販グッズには多くの人に持ってもらえて共有する楽しさもある。作品には1点しかないという希少価値もある。どっちも有りだと考えます。どうやって見せようか、訴えようか、まで考えたし、作品をつくって終わりにはしたくない気持ちがありました。

=作家の思惑は関係ない=

■絵をつくっていくプロセスは、自分の中で自問自答の繰り返しなんです。OKかなあ、これでいいのかなあと誰かに問いかけていて、内なる返事が返ってくると作業に取りかかれる。作品ができあがった時は作家は不在であって、作品と見る人の対峙が全てで、作家の思惑は関係ない。作品と対面 した時にその人の脳味噌を開いて出ていくものがあるかどうか。そうなった時に本当の意味で作品が完成すると思ってます。アーティストとして社会で生きていくことはそんな感じがする。だからといって見てくれる誰かのために制作しているわけじゃないんです。作品は自分とのやりとりだけだから、そこで受け入れられるかどうか手がかりがあるわけでもなく全く分からない。だけど最近少し実感しているのは、作り手がきちんと現在を生きていれば、その感覚は同時代を生きている人と共鳴し合えるものがあるのかなあ、ということ。見にきた人を観察するのが面 白いですね。へえ、そんな風に見えてしまうのかと感心したり。作品との対話が成立するかどうかは、見る人の中身と作品の間に接点があるかどうかなんですよ。

=無数のナイフについて=

■なぜナイフなんですか?って数えられないくらい聞かれましたけど(苦笑)。ナイフはそれ自体が不安になったり凶暴的な何かを感じさせるモチーフでして、そのビジュアルとナイフに関する個人のバックグラウンドによって多様な解釈が生まれると思ってます。ナイフ=手がかりを残すモチーフだと自分なりにリサーチしたわけなんですよ。「ナイファーライフ」は造語です。ナイフ的なという意味ですね。狼を描いた作品は180×90cmのパネルを5枚ジョイントしているんです。1ピースでの取り回しがきく支持体で、それが私をやる気にさせる大きな要素だったわけです。やりたいと思ったらすぐに描ける画材が自分には必需品なんですよ。

=おそらくこれが原風景=

■アトリエはお茶の水と秋葉原の中間にあって、神田川の見えるアップダウンのある場所です。都会の真ん中なのに緑が多いんです。小石川植物園とか、電気街やビル街と緑の共存が不思議なところ。現実と隣り合わせにある異世界の存在に興味があってそれでタイトルに「外」って入れたんです。モーリス・センダックの絵本「外はすぐそこ」からの引用で、イッちゃっているような妙な世界のストーリーなんですけど。原題「Outside Over There」ではOutsideって窓の外というシチュエーションで使われているんですけど、共鳴するものがあったんですね。すごく近くに存在するあっちの世界を都会の中の森に見つけたというか。最近やけに森好きです。

=足つきの昆虫=

■昆虫と子供の足をバンバンとくっつけただけなんですよ。もちろんデフォルメはしてますけど、異質なものをそのままくっつけることによって強いエネルギーが出るのが好きなんです。言葉で言えないことを描いているんですけど、言葉で置き換えたいなって思うこの頃です。モチーフにするために本物を見なくてはと思って、昆虫標本や狼の写 真を撮ったりして。でも野生じゃない狼って犬と一緒ですね。でも、現実にないものはひとつも描いていないんです。デフォルメの仕方や組み合わせ方で違う世界が表出しているだけ。それが都会の森にも重なりますし、2つの世界をつなぐ境界に興味がある。足は、顔のように表情は豊かじゃないけど、私の表現したい表情にはぴったりくる。足には花粉団子もついてます(笑)。

=不思議なキャラ・みみお=

■みみおはバランスをとるのにすごく難しかったモチーフです。おもちゃの世界では目のないキャラクターってタブーなんですよ。目がぱっちりとして、はっきりした色を使っていて、正面 を向いてるというのが子供に訴えかけるのに向いているんです。そういう意味ではディック・ブルーナのミッフィは王道だと思いますよ。そういえば、みみおを見て泣いた人がいました。「みみお君がかわいそうで」ってボロボロ泣いていてうらやましいなって思いましたね。あとから登校拒否をしていて引きこもりだってことが分かったんですけど。その子が絵を見てガーンときたのは、本人しか体験していないバックグラウンドがあったからなんだなって。その関係って見る人と作品にしか成立しないんだなって改めて感じましたね。

=ただただ生きているだけ=

■私の職業は一般的に個性が大事とかいわれてますけど、それって絶対関係ないよっと声を大にして言いたいです。ただただ地道にやってきたもので、自分を個性的にしようという意識なんてないわけで、日常の中で楽しみを見つけながら積み重ねていることの方が大切じゃないかなって。現実を見つめるべき、という心の声が聞こえてきますよね。この職業はある意味、自分の持っている長所も短所も全部出てしまう仕事なんです。それを出さなくていいんだったら別 のことをやればいい。今とりあえず肩書きはアーティストってなってますけど、ただ生きているだけで、やっと息ができている。年齢を重ねることで、ようやく少しずつ呼吸が楽になってきているかなという感じですね。

※鴻池朋子「外はすぐそこ」
2002年4月16日(火)〜5月18日(土)
ミヅマアートギャラリー
東京都目黒区上目黒1-3-9 藤屋ビル2F
( 東急東横線・地下鉄日比谷線「中目黒」より徒歩3分 )
11:00〜19:00(日月祝休)
入場無料
TEL 03-3793-7931


※イベント
みみお絵本「映像と音と語りの夕べ」
5月10日(金)19:00〜20:30
入場料500円(ドリンク込)
「みみお」絵本をサラウンド映像紙芝居に仕上げた作品を上映する
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words:斉藤博美


eye39_01「ラ・プリマヴェーラ」180×330cm  

eye39_02「無題」155×155cm

eye39_03「無題」165×135cm

eye39_04「ナイファーライフ」シリーズ 180×450cm

eye39_05「ナイファーライフ」シリーズ(部分)180×450cm

eye39_063点とも「無題」

eye39_07 壁面に展示されたソフトスカルプチャー

eye39_08ソフトビニール製のナイフがズラリと並ぶ

eye39_09こちらも鴻池さんの作品。ミニ森?

eye39_10絵本「みみお」の原画

eye39_11「みみお」の絵本とぬいぐるみ(非売)


鴻池朋子(Tomoko Konoike)

1960年秋田市生まれ。'85年東京芸術大学絵画科日本画卒業後、おもちゃ・雑貨・家具の企画デザインを経て'96年よりソフトスカルプチャー(柔らかい彫刻)を制作し始める。'97年アクシスギャラリー初個展にて立体と鉛筆アニメを発表。その後ムーディマ(ミラノ)、Morphe'98(三重)のグループ展を経て'99年渋谷Q-FRONTビルの巨大モニターで鉛筆アニメを1年間制作。'00年ミヅマアートギャラリー個展にて初のペインティング作品デビュー。'01年7月アクシスギャラリーでアニメ原画展、11月フジカワギャラリーネクスト個展(大阪)、12月「みみお」絵本(青幻舎)上梓。12月「みみお」絵本原画展(青山ブックセンター)。今回この1年の近作とペインティングの新作、みみお絵本を音と語りで映像化した作品を発表。

2002-04-19 at 04:50 午後 in アーティスト・ヴォイス | Permalink

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トラックバック送信日 2005/08/09 21:17:48

コメント

私は、東京都現代美術館で行われた、愛と孤独そして笑いで、初めて鴻池さんの存在をしりました。
巨大な絵画が暗い部屋の中でほわっと光っていて、その周りには無数のナイフが光となって飛び交い、ほんとうに衝撃的でその作品の大きさにも圧倒されましたが、近寄ってみてみても物凄く細かく線が描かれた集合体である事を知ったときもおどろきでした。
そしてすごく気になっていた方だったのですが、そんなある日大学で鴻池さんの講義がある事を知り、これは行くしか無いと思い、はりきって講義室へ行きました。そこで初めて鴻池さんの生の声を聞いたのですが、ほんとうにおっしゃっている事がわたしが普段『本当はこうなんじゃないかなあ』と悩んでいた事に回答をくれるような感じで、とても聞いて良かったと、気持ちが楽になったし、作品を作って行く事に勇気をもらうことができました。ほんとうに魅かれる方だなあと、お会いした事でより一層おもいました。

投稿情報: うえの | 2005/10/21 16:58:32

うえの様。鴻池さんの記事にコメントをありがとうございます。彼女の描写する世界、いいですよね。ちなみに森美術館で今年の3月末から6月にかけて開催されていた「ストーリーテラーズ」にも出品していました。

投稿情報: サイトウ | 2005/10/25 1:21:38

わたしは、今オペラシティで開かれている「インタートラベラー神話と遊ぶ人」
で鴻池朋子さんを知りました。
作品の展示の仕方が”みせる”展示だというのを強く感じたのですがおもちゃ会社で
働いていた時の経験が大きく影響しているのか と納得しました。
たしかに完璧なプレゼンという感じがしました。

日本人で、女性で こんなにも力をもった人がいたのかと感動しました。
同じ女性として人間として刺激されてとっても楽しかったです。

投稿情報: おぎはら | 2009/09/23 23:14:15

12月25日のNHK視点・論点で「インタートラベラー神話と遊ぶ人」の理念の解説を拝見しました。40年前の岡本太郎の大阪万博時のコメントを継承、発展させた内容に思えました。画家のイデア<人間観>が素晴らしく、それをいかに表現するかは今回子供を対象にしたことは、子供はこれから成長し、人類600万年、地球史46億年の記憶を背負った、小さな部分<細胞>から出来ているという説明が媒体として、成功しているのではないでしょうか。芸術家はイデア<想念>をいかに完全な表現に近づけるかですから、今後もこの素晴らしいテーマ「人は全人類、全生物、全地球と通じている」の表現方法を研究し続けて欲しいと思います。 例えば、日本画の大画面を使って等、、、

投稿情報: 福本 徹之 | 2009/12/26 18:50:14