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折元立身 ART-MAMA

「アートでなければ伝えられないこと」

art73_201「IN THE BIG BOX」1997

■「パン人間」というパフォーマンスをやっているアーティストとして、折元立身(オリモトタツミ)さんの名前は知っていたが、作品を見るのははじめてだった。写真の作品が展覧会場に並んでいるが、写真家ではない。折元さんは自身の作品をライヴ・スカルプチュア(生きている彫刻)と呼んでいる。

■今回の展覧会のタイトルは「ART-MAMA」。折元さんの実の母親が登場し、彼女をめぐる人間関係など、いろいろな事柄が作品からみえてくる。ソファに並んで座るタイヤを首にかけた3人の老女。無表情に正面に向かっている。それだけなのに、3人が座っている部屋の様子や、彼女たちが身に着けているものなど、数え切れないほどの何気ない日常の要素が、どれもすべて関係し合いながら存在する。

■長年、海外での活動が中心だった折元さんは、3年前に父親を亡くし、独り暮らしになった母親の面倒をみるために帰国した。アルツハイマーを病んでいる母親との生活。彼は生活自体がアートそのものであり、生活とアートは切り離すことのできないものと考えている。「ART-MAMA」もその一場面だ。

■パン、新聞、タイヤ、靴、箱などが作品のなかに登場する。日常のなかで、とりたてて特別なものではないこれらは、それぞれに多重的な意味も持つ。スタジオなどにセットをつくるのではなく、生活臭のある家のなかや道端、いろんな場所が舞台になっている。

■折元さんの作品をみていると、伝わってくるものがある。言葉にはうまくできない微妙なニュアンスが彼の作品のビジュアルからは、はっきりと伝わってくる。どうしてこういった表現ができるのか、私はアーティストを尊敬する。パンで顔を覆ったり、でっかい靴を老女に履かせたり、古タイヤを首にかけたり、でも、それに頷いてしまう。いったい何だってこんなことするの?ではなくて、こうすればいいことを何故思いついてしまったの?!という畏敬の念が入れまじった驚嘆。

■オープニングのパフォーマンスを見逃してしまい、私にとっては未だに幻の「パン人間」である。なぜパンを使うのかという問いに、「パンは人の肉」と書かれたキリスト教の聖書の言葉、それから、質感や色が好きなことを話してくれた。。30人のパン人間が市電に乗り込むというパフォーマンスのプランも実現させて欲しい。今度は見逃すまい。

折元立身 ART-MAMA
会場:アートスペース虹(京都)
   tel.075-761-9238
会期:1999年7月6日~18日

words:原久子

art73_202「SMALL MAMA + BIG SHOES」1997

art73_203「THE TIRE TUBE COMMUNICATION」1996


art73_204「HEAVY NEWS PAPERS ON MY MOTHER'S HEAD」1998(部分)


art73_2051999年7月6日のパフォーマンスに使ったパンと「BREAD MAN SON + ALZHEIMAR MAMA」1996


1999-07-06 at 10:53 午後 in 展覧会レポート | Permalink

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