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ワンマングループショー2

「できるかなの未来」


art199_01_1岡本四太郎「コロポックルについて知っていること」2004年


■プロレスのマスクマンは、キャラクターを分裂させることで(善悪だけでなく)、異なるファイトを可能にする。しかしかつての名レスラーは、演じるだけでなく、新たな自分を引き出す意味を知っていたのだろう。

■ひとりでもグループショー。それは、常に同じスタイルや方法論を追求することへ疑問を呈し、「相談芸術」など多様な視点を実践してきた小沢剛らしいやり方だ。分裂する自己を分けて出すというのでもなく、自分を突き放し、あらゆる角度から見て、未知の作家/自分を探す旅。「岡本太郎が亡くなった1996年1月7日に関東一円に隕石が落ち、アーティストになる運命を背負った岡本一太郎から岡本八太郎までの8名の子供たちが各所で産まれた」という、南総里見八犬伝のような物語で始まるシリーズで、今回は、'98年に行われた一太郎、二太郎、三太郎による「ワンマングループショー」の続編。四太郎、五太郎、六太郎が発見されたというわけだ。聞けば、'98 年当初に「八太郎までやる」とハードルを決めていたという。最初に8つのキャラクター/作風があったのではなく、つくり出してきたわけで、七太郎と八太郎はまだ見つかっていない。まさに七転び八起き。産みの苦しみ。

■四太郎は、明治時代の考古学者、坪井正五郎が提唱した「アイヌの伝説にあるコロボックルが、日本人の起源である」という説をもとに、庭先で発掘されたというコロボックルの古墳の写真を展示している。小人伝説や民話は海外にもあり「人が共通して惹かれる何かがあるのかもしれない」と小沢は言う。

■五太郎は、クルマの車輪の部分に、巻きすやら空き缶やらを入れ、クルマ自体が小さくなっていく入れ子状のパレードをつくった。スケールを変えること、渦巻きやループといった感覚的に惹かれるものが、100円ショップの日用品を使ってつくられている。

■そこにあるものでつくる/遊ぶことに即興で挑むのは六太郎。「できるかな」のノッポさん風に、その日の新聞の、ダーツの刺さった言葉から何かをつくる。その編み出した枠組みに慣れてはきても、こなれては意味がない。即興とは、自分をさらけ出すことで、知らなかった自分が引き出されることかもしれない。ウケ狙いではできないことだ。

■偶然居合わせた作家の法貴信也が『できるかな』の「かな」は可能性だと言った。そうだ、子供の頃はすべて始める前は「かな」だった。それは同時に恐れでもある。

■モダニズムやポストモダニズムの問題以前に、自分を形成するものは、内にも外にも入れ子になって在ると私は思う。大江健三郎のいう樹の下の老人と子供(「自分の樹」の下で)のように、蕗の傘の下に、コロボックルみたいな子供時代の自分も、自分と一緒に生きているような気がする。8人の太郎(これから生まれる子も含め)と一緒の小沢剛がちょっとうらやましい。


ワンマングループショー2
岡本四太郎、岡本五太郎、岡本六太郎、小沢剛
2004年1月23日(金)〜2月28日(土)
オオタファインアーツ
東京都港区六本木6-8-14
(六本木駅より芋洗坂下る)
11:00〜19:00
日・月曜、祝日休
TEL 03-5786-2344

*8月に森美術館で個展を開催。

words:白坂ゆり

art199_01_2ドローイングより、部分。


art199_01_3岡本五太郎「入れ子の車またはマトリョーシカ」2004年


art199_01_4岡本六太郎のパフォーマンス「できるかな 2004」。2004年2月6日、4回目のパフォー
マンス。ダーツが刺さった「何が変わった?」という文字から発想。


art199_01_5梯子に板を渡し、不均衡ながらバランスを保った橋のようなものをつくっている。


art199_01_6ドミノ倒し。


art199_01_7できた!ビデオは、別の日のパフォーマンスで、最初に帽子を被るシーン。

2004-01-23 at 03:54 午後 in 展覧会レポート | Permalink

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