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vol.29 喜多 順子(Yoriko Kita)

「ポジティブに考え、活動の場を広げてゆくこと」

kita

「抽象」「具象」などというカテゴライズの仕方は、どうも最近の作品にはしっくりとこない。喜多順子のペインティングは写 真をもとに描いてゆき、具体的な風景や情景などが描かれている。しかし、彼女の作品を「具象絵画」という呼び方にまとめてしまうようなとらえ方にはしたくない。桜の木の下、上のほうを見ている2人の人物がいる。彼らが見ている先はこのキャンバスのなかには描かれていない。先輩たちが問題にしていた二次元のなかにいかに時間や空間を描ききるか、などというようなことを彼女は考えているわけではない。その作品に描かれている事柄から連想できるさまざまなものに、クスっと笑ったりできる。喜多が描くそんな間合いを持った作品にいま注目度が高まっている。

絵を描くようになったのはいつごろからですか?

■幼稚園の頃には絵描きになるんだって思っていました。幼稚園のときに毎月2冊ずつ絵本をもらっていたのですが。この絵本が大好きで、いまでも内容をよく覚えているんです。中学生くらいになっても、ときどき開いて見ていましたね。とにかくすごくいい本だったんです。京都出身で実家が染物をやっているんです。工芸的な仕事なので、道具や色見本なんかがあって。画集なんかもいっぱいありました。日本画のですが…。こういったことが直接関係しているかどうかわかりませんが。

喜多さんの作品は写真をもとに描いているそうですが、その写真はどんなふうに選んでいるのですか?

■写真をみて描いた最初の作品は、雑誌で見つけたロシアのマフィアに関する記事で、ベッドの上に死んでいる女性が横たわっている白黒写真を見たときです。とてもインパクトがあって、どうしても描いてみたくなりました。

人物を描くことにこだわっていたりしますか?

■この人を描いてみたいというより、たとえば座っている人の脚が気になってその脚を描いてみたくなったりします。たまたまきっかけは雑誌に掲載された写真にひかれたことだったのですが、シーンを設定してモデルを使って写真を撮り、その写真をスケッチ代わりに使ったりします。

いったん写真にするのには理由があるのですか?

■写真を見て描くのは、単に利便性の問題です。モデルにずっと立っていてもらうと、モデルもたいへんだし、光も動いてしまうじゃないですか。何よりも自分が筆をとりたいときに描けないことが一番の障害です。

光の問題はかなり重要なの?

■写真を選ぶときは、写っている人のポーズや人の雰囲気、写っているモノで選んでいるので、光が最重要ではないです。光が動いてしまうと描きにくいっていうことだけです。

喜多さんの作品を見ていると、ちょっと懐かしさのようなものを感じてしまうのですが。

■……「今」を描こうと思っているんですが(笑)。写真そのものを古いものから選んできていることがあるのは、古さや懐かしさを意識しているのではなくて、プリントの構図で選ぶとたまたま古いものになってしまったりするだけなんです。

描きたいものはたくさんありますか?

■たくさんあります!でも消化し切れないんですよ。描きたいと思う時と出来上がるまでの間の時間が長くてイライラすることがよくあります。そういえば、今日すごくショックなことがあったんです。アルバイト先にバイクで通勤していて、いつも通る道にあった木がとても良くて、シビレる〜と思って見ていたんです。ずっとその木を描こうと思っていたんですよ。ある日、その道を通ると木が剪定されていて、すっかり枝の感じだの、葉の茂り方だのが変わってしまって別な木のようになっていたのを見たときはショックでした。いいなと思ったときに、やっぱり写真を撮っておけばよかったと後悔しました。「M&M」という作品があるのですが、その風景も今はすっかり変わってしまっているんです。描いてしまっておいて良かったと思いました。描いてしまっていると、実際には変わってしまっていてもある程度許せてしまうんです(笑)。

構図を決めてモデルを使って写真を撮ると言っていましたが、それならいっそ写真の作品にしてしまうことなどは考えないのですか?

■写真は目的ではなくて、あくまでも手段として使っている道具なので、その手段を他人に見せる気にはならないです。写真の作品を撮るのなら、まったく別なものを撮るのではないかと思います。スケッチ代わりのように、写真を撮ることを心掛けているのは、記憶のデータは落ちてしまう箇所があるんですよ。木の枝の間に見える向こう側の建物のタイルの溝とか、そういうディテールにこだわって描いてゆくことで、木を描いていても、描きたい木が活きてくるんです。それは絵を見た人が気づくかどうかは重要ではないんですが。

ペインティングにこだわるのは何故ですか?

■ペインティングにこだわっているというより、「これが描きたい」と思うものがあるうちは、他のことをする気持ちにならないのです。写真作品は見るほうが好きですね。自分がいいと思えるものは、私が撮っているようなものとは全く違うんです。畠山直哉さんの写真はとても好きです。

コケッシーズのCDジャケットが私はとても好きなんですけど。あれは仕事で頼まれたわけ?

■あの4人はとても個性的なので、強烈な個性を消すことが出来なくて困りました。私が普段描く人は、個性的では決してない、いわゆる典型的な女の人なんです。コケッシーズは知り合いで特別なのでジャケットの絵も描きましたが、これから他の人に頼まれて描くことがあるかどうかはわかりません。

喜多さんの作品には独特の色調がありますよね。

■モチーフを選ぶときにすでに色を選んでいるかもしれませんね。

これまでのご自身の作品で一番好きなものはどれですか?

■「M&M」です。描く前からすごく楽しかったし、描いていても楽しかった。以前の通勤路の途中の風景だったんです。とても素敵な風景で、写真に撮って描いたんですが。自分が描きたいと思うことも含めて、全部がピッタリときていましたね。

横浜でのグループ展や、フランスでの展覧会など、関西以外のエリアでも作品発表するようになりましたが、なにか変わったことなどありましたか?

■まず、私の作品を皆が深読みしてくれるんです(笑)。見る人がコンセプチュアルなものとして解釈しようと試みてくださるんです。そういった反応が面白かったのと、いろんな反応が返ってくるのを目の当たりにして、私自身けっこう頭が硬くなっていたかもしれないと思いました。自分の制作のきっかけがそうかどうかもわからないのに、自分の作品に自分自身ではまっていってしまって、どんどん見方が狭くなっていました。そういう自分自身に気づかされたという感じです。精神的にポジティブにものを考えるようになれました。

今後のことで一言。

■今いる場所にとどまらず、活動の場を広げてゆきたいと思います。
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words:原久子


eye30_01 「チェリーブロッサム」

eye30_02「汐」

eye30_03(左)「浜辺」(右)「Seventeen」

eye30_04「シリーズA1」

eye30_05「M&M」

eye30_06「ウィッスル」

eye30_07 「スキーT」

eye30_08「大日本」


喜多順子(Yoriko Kita)

1974年 京都生まれ
1994年 嵯峨美術短期大学絵画3コース卒業
1997年 同専攻科卒業
個展
1995年 ギャラリーココ(京都)
1996年 ギャラリーココ(京都)
1998年 信濃橋画廊(大阪)
2000年 ラポギャラリー(大阪)
グループ展
1995年 drawingart展(信濃橋画廊/大阪)
1996年 「ヤングへの疾走展」(ギャラリーココ/京都)
神戸アートアニュアル展(神戸アートビレッジセンター/神戸)
ザブリスキーポイント展(ヴォイスギャラリー/京都)
1997年 「普段着の憂鬱展」(ギャラリーココ/京都)
「シャンプーハットコラボレーション」(信濃橋画廊/大阪)
1998年 「INSIDE ⇔OUTSIDE」(アートスペース嵯峨/京都)
1999年 「今日の作家展」(横浜市民ギャラリー/横浜)
「TAMAVIVANT'99」(多摩美術大学/八王子)
2000年 「記憶の周辺」展(信濃橋画廊/大阪)
「東風」 room(Paris)
2001年 「about painting」(ノマルエディション・プロジェクトスペース/大阪)

2001-03-23 at 02:15 午後 in アーティスト・ヴォイス | Permalink

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