角 文平展 植物園

延命の魔法

全体角さんの作品は変化し続ける。
過去には建築資材を使った重厚な作品もあった。宇宙戦艦ヤマトと江戸城を合体させた作品や、鉄塔を盆栽に、アームに乗せたミニチュアの家を巣に見立てたり。それらにはいずれも人工物の姿が見え隠れしてきた。

植物園と題した今回の展覧会は、不要となって持ち主から手放されたモノに、人工の「芽」を生やした作品ばかりが並んでいる。会場中央には熊の置物が大集合。昔の北海道土産の定番、一家にひとつはあっただろう木彫りの熊だ。手前には小さなサイズ、後方にいくほど大きくなり、最終ラインは結構大きな熊が4頭。ひとくちに木彫りの熊といっても、彫りの深さ・細かさ・雑さ、顔の凛々しさ・愛らしさ、くわえた鮭のリアルさ・・・どの熊にも違い=個性がある。熊の色も黒だけではなく茶色や赤みを帯びたものまで。古びた感じを出すために脱色した熊もあるそうだ。

熊ネットで只同然に売られていたという現代の不要品「熊の置物」に、角さんはたくさんの芽を生やし、彫られる前の「木」に戻してあげた。イヤゲモノとも言われる存在になってしまった熊たちに「作品化」という延命の魔法をかけたのだ。集団でこっちを向いている姿は、初々しい生命力に満ちていた。

タンス会場には他に、ミニタンス、木製ラケット、教会の椅子、額縁などが展示されている。いずれの木製品にも、芽が生え、蘇生されている。

 

 



角 文平(かどぶんぺい)展 植物園
GALERIE SOL
2015年1月12日(月)〜1月24日(土)日曜休廊
11:00〜19:00 入場無料 TEL 03-6228-6050
東京都中央区銀座1-5-2 西勢ビル6F

words:斉藤博美

2015-01-22 at 11:54 午前 in 展覧会レポート | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)

台湾のアートシーンにとってのひまわり学運    呉達坤&陳敬元 インタビュー

台湾在住の岩切澪さんがインタビュー取材してくれました。

3月18日からの24日間、学生による立法院(議会)占拠という世界でも前例のない事件が、台湾で起こった。きっかけは、中台間サービス協定案の強行採決。政治的背景は別の報道に譲るが、ここに関わった多くの学生や若者たち、とりわけアーティストたちが、どのようにこのひまわり学運に関わったのかについて、運動を支えたキュレーター呉達坤(ウー・ダークン:以下ウー)とアーティスト陳敬元(チェン・ジンユェン:以下チェン)に、インタビューを行った。アーティストでもあるウーは、数年前から積極的に展覧会企画を行うようになり、現在国立台北藝術大学内の関渡美術館のチーフ・キュレーターを務めている。日本では、今年3月〜4月トーキョー・ワンダーサイトでの「アジア・アナーキー・アライアンス」展(その後、日本作家など一部内容を変更し、関渡美術館に巡回)の企画で知られる。チェンは、社会批判的要素や歴史意識の強い映像や絵画作品で知られる人気若手アーティストである。ふたりは、ひまわり学運のテーマソングとして、3月30日の主催者発表で50万人集まったという抗議集会でも大合唱になった「 この島の夜明け(原題:島嶼天光)」をプロデュースした。彼らの制作したMVはあっという間に100万PVを記録(8月6日現在で、190万PV)、テレビでは連日この曲がニュースと共に放映され、運動が一般の人々を巻き込んでいく中で大きな役割を果たした。

 

Taipei_1

岩切:今回、たくさんのアート関係者がひまわり学運に関わりましたね。

ウー:ものすごく多かったですね。国立台北藝術大学(北藝大)、国立台南藝術大学(南藝大)、国立台湾芸術大学(台藝大)からそれぞれたくさんの学生が参加していましたし、北藝大に至っては、学校全体で参加していたと言ってよいほどでした。ほとんどすべての学部の学部生や研究生たちが関わったんじゃないでしょうか。当初は200~300人が議場の中にいましたが、外にも応援に駆けつけなくては持ちこたえられないということで、議場の周りにはどんどん人が増えて行きました。   写真:陳敬元(左)と呉達坤(右)

 

 

岩切:ふたりが、ひまわり学運に参加したきっかけを教えてください。

チェン:僕はもともと、反原発デモに参加したりして、社会問題に関心を持っていたんです。18日の夜にネット上で、学生たちが立法院を占拠したことを知って、19日に現場へ行ってみました。最初は入るつもりはなかったのですが、とにかく警官の突入を抑え、占拠状態を守るために人手が必要な時期だったこともあり、中に入ることになりました。最初の5日間を含め、全部で15~16日間くらい中にいたと思います。

ウー:僕も最初はネットで知りました。こういった問題に関心はあったのですが、最初は、学生運動だし学生のものだから、と思って距離を置いていました。もともと北藝大のアニメーション学部には「黒箱宅急便」のビデオを作って、中台間サービス協定案の問題点を分かりやすく解説したりしている学生たちもいましたが、キュレーターである自分も含め、一般の芸大生たちはみな、自分がやっているのはアートで、実際の政治活動とは少し距離を置いていたと思います。でも、よく考えてみると、消費者・生活者でもある僕たちは、この問題から逃げ隠れすることは出来ないし、向き合わなくてはと思い始めたんです。

 

岩切:チェンさんは、どうして中で作品を作ろうと思ったのですか?

チェン:議場に入ってみると、最初はだいぶ混乱していたのが、すぐに組織が出来て、運動がまとまっていきました。その時実は、私服警察なんかも一緒に紛れ込んでいたようなんです。なので、運動の崩壊を避けるためにも、運動の役職は、中心となっていた林飛帆(リン・フェイファン)たちの知った顔が占める形になりました。なので、どんどん人が増えていく中で、何の役職も持たない学生は、ただそこにいるだけになってしまいました。ものを運んだりの単純な手伝いもすぐに終わるし、手持ち無沙汰な状態でした。当時は中に入ることは出来ても外に出ることが出来なかったのですが、どうせ出られないんだったら、自分がいつもやっていることをやろうと、Facebookを通して画材の差し入れを募集したんです。議場内は常に緊張状態で過酷な環境だったため、食事も大して喉を通らないし、一日3時間くらいしか眠ることが出来なかった。それで、自分に一番なじんだ、手っ取り早いやり方で制作をしようと思ったというのもあります。僕だけじゃなくて、たくさんの学生やアーティストたちが絵を描いていました。

 

岩切:ひまわり学運のテーマソング「この島の夜明け」は、インディーバンド滅火器(ミエホーチー:消火器の意)に、お二人が中心になって頼んで書いてもらった歌だと聞いています。どのようなプロセスで出来たのでしょうか?また、この曲は、言って見ればあんまり「アート」らしくない、ふつうの流行歌ですよね。私は、敢えてこういう流行歌をプロデュースされたことに、これまでのアートの範疇を超えていこうとする意思のようなものを感じました。

チェン:実は僕は、だいぶ前ですが、2009年に「1976」という名前の台湾のインディーバンドとコラボレーションをしたことがあったんです。テーマは、台湾の状態や社会状況についてのものでした。今回のような一世風靡はしませんでしたが、結構売れて、一定の影響を与えられるんだという実感がありました。「滅火器」は昔から社会運動に関わってきていて、デモにもよく参加していました。彼らの「晩安(おやすみ)台湾」という歌は、アクティヴィストたちのあいだでとても愛されていて、今回も議場で消灯前になると必ずかかっていたんです。そして、3月23日の夜に一部の学生たちが行政院を占拠し、朝がた警察によって暴力的に鎮圧されるという事件がありました。それが立法院に引き続き立てこもっていた学生たちの士気にも影響してしまって、ここで踏ん張る力が必要だと思ったんです。僕は直感的に「滅火器だ」と思って、その晩テーマソングの制作を頼みに行きました。彼らはすぐに了承してくれて、二日でデモを届けてくれました。その後信じられないスピードで物事が進み、結局行政院鎮圧からたったの5日でMVのアップロードにこぎ着けたのです。僕は、この歌にはある意味、誰もが聴いたら口ずさみたくなる、そしてその背後にある物語を知りたくなる、という教育的側面があると思っています。

 

岩切:今回の学生運動の特徴はどんなところにあったのでしょう?また、アートはその中でどんな役割を果たしたと思いますか?

ウー:今回の学運を振り返ると、重要な要素だったと思うのが、インターネットの効用です。政府は、テレビや新聞をコントロールすることは出来ますが、インターネットはコントロール出来ず、今回、みんなネット上の情報を見てどんどん動いたんです。ふたつめは、これが世代間闘争だったという側面です。これほど多くの若者が動いたのは、このままでは自分たちの将来が危ないと本気で気がついたからでしょう。若者の搾取状況は、日本や韓国など、どの国にも起きている問題だと思いますが、今動かなければ、一生後悔すると思ったんだと思います。三つ目に、中国の台頭に対する危機感があります。自分たちの仕事や社会への影響への危惧もありますが、環境問題など、中国には解決していかなければならない問題がたくさんあると思います。

 歴史的に見ると、アーティストはいつの時代にも、政治運動に参加してきています。日本でも70年代にそういった動きがあったと思いますし、中国の天安門事件にも、芸術家が関わっていました。台湾では、野百合学生運動(※三月学運とも呼ばれる。1990年3月に起こり、台湾の民主化にとっての大きな役割を担った)のために彫刻を作った作家たちもいます。今回のひまわり学運にもたくさんのアーティスト、映画監督、デザイナーたちが関わりました。ファインアートの分野では、南藝大で哲学・美学を教えておられる龔卓軍(ゴン・ジュオジュン)先生たちがアーティストの陳怡潔(チェン・イージエ:今年の福岡トリエンナーレに参加予定)や李基宏(リー・チーホン)らと作った二万部の新聞「報民」を抗議集会で配り、北藝大の演劇学部の学生たちはパフォーマンスをし、版画学科の学生たちも作品制作をしていましたし、ビデオ・アーティストで北藝大の教授でもある袁廣鳴(ユェン・グァンミン)も、「この島の夜明け」の英語版MVのために議場内を撮影してくれました…すべて挙げるのは難しいほどです。でも、強調しておきたいのは、アーティストだけでなく、あらゆる職業の非常に多くの人々がこの運動に関わったということです。みな、危機意識を共有し、出来ることをやろうとしたんです。

 

Taipei_2

 岩切:ひまわり学生運動は終わりましたが、今後、どんな活動をしていこうと考えていますか?

チェン:視覚芸術、劇でも音楽でも、何でもよいのですが、アーティストによる組織、公益を追求するNGOを設立させたいなと思っています。こういった社会問題について、話し合い、想像していく場が必要だと思うんです。僕は今回の学運は、ひとつのはじまりにすぎない、と思っています。

 

ウー:今回は、Facebookがひとつのプラットフォームとして大活躍しました。何かネット上で「これが欲しい」「これやってくれる人いないか」と尋ねるとすぐに手応えがあり、物事が進んでいきました。でも、全部ボランティアだったわけです。でも、いつまでもボランティアに頼っているわけにはいきません。長期でこういった問題に取り組んでいくには、やっぱり資金が必要だと思うんです。ファンディングを行い、別の公益性の高い組織とも協力して、今後の活動につなげていければと思っています。

写真:立法院占拠の様子を描いた陳敬元の作品が議長席前に飾られた様子は、毎日のようにニュース番組を通してお茶の間に流れた。

 この島の夜明けMV https://www.youtube.com/watch?v=iV8JDbtXZm4

この島の夜明け 日本語字幕付き https://www.youtube.com/watch?v=UqVDQngHMK8

この島の夜明け 英語版 https://www.youtube.com/watch?v=ZJFkCK_Ex2U&list=PLgYo36mfmOlWCpJSqZHyLUXlV16CDc3xs

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2014-08-22 at 12:53 午後 in ワールド・レポート | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)

Palnart Poc & Molly Tippett/鈴木千恵の下駄 展

アートで着飾る

下駄いつもは絵画が飾られている画廊の壁面を、カラフルな下駄が埋め尽くしていた。下駄職人の鈴木千恵さんによる展覧会。モダンな模様、愛らしい動物、花札などをモチーフに全て異なる絵柄が描いてある。左右でひとつの絵になっていたり、異なる動物が対照的に描かれていたりとバラエティーに富んでいる。こんなに楽しい下駄は見たことがない。かかとの高さ、足の幅などによって「右近」「反小町」「あと丸」などいくつか下駄の種類があり、好きな形、柄、鼻緒をチョイスして自分だけの下駄をカスタマイズできる。ズバリ…浴衣よりも主役になれる下駄だ。

壁一面にカラフルな下駄!(ギャラリーアートもりもと)

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2014-07-18 at 03:49 午後 in 展覧会レポート | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)

造音翻土-戦後台湾サウンドカルチャーの探索

台湾から岩切澪さんのレポートです。

 

台湾で最も安定して面白い展覧会を企画し続けているキュレーターのひとりに、エイミー・ジェンがいる。2006年の台北ビエンナーレの共同キュレーターを務めたほか、2011年には台湾のサウンドをキーワードに、ヴェネツィア・ビエンナーレ台湾館の展示を企画。2010年よりパートナーのジェフ・ルォとともに運営しているキューブ(立方計画空間)という小さなアートスペースでは、台湾内外の現代アーティストの個展やグループ展、トーク、イベントなどを企画してきた。社会的視点が強い企画の数々は、近年特に高い評価を受けており、展覧会オープニングはいつも多くの若い観客で賑わう。

 

2月22日、彼らが1年以上前から準備してきたという戦後台湾のサウンドカルチャーをテーマにした展覧会「造音翻土—戦後台湾サウンドカルチャーの探索」が、国立台北教育大学の付属美術館MoNTUE (北師美術館)にてオープンした。展示は「主に60年代から現代に至るまでの台湾におけるサウンド、文化、アクティヴィズムについてのもの」(ジェン)となっている。12月に筆者が行ったインタビューにおいてジェンは「台湾で『サウンドカルチャー』(中国語で「声響文化」)というと、サウンドアート、ノイズミュージックなどの限られた意味で使われることが多いのですが、私たちはサウンドを、ポップミュージックなども含めたもっと大きなコンテキストから、社会や歴史との関連の中で捉えたいと思いました」と話した。

 

3フロアある会場では、様々なサウンドに関するドキュメントと、サウンドに関するアート作品の、異なるタイプの展示物が、一緒に展示されていた。サウンドのドキュメントには、ポップミュージックのレコードジャケットやなどがあり、また、古いものでは、日本統治時代に、黒澤隆朝(くろさわたかとも)という作曲家によって行われた当時の台湾のサウンド・フィールドワークも、会場内で自由に聴くことが出来る。

 

サウンドに関するアート作品には、サウンドを通して作品制作を行っている作家によるものと、サウンドについての思考を行う作家によるものの二種類があり、前者では、台湾サウンドアートの草分け的存在、王福瑞(ワン・フールェイ, 1969-)によるインスタレーション《サウンド・バルブ》(2008)や、2007年より台湾をベースに活動しているフランス人サウンドアーティスト、ヤニック・ダウビー(1974-)によるインスタレーション《台湾を3回聴く》(2014) などがある。後者では、戦後台湾を代表する写真家のひとり張照堂(ジャン・ジャオタン, 1943-)による、陳達(チェン・ダー)という名の台湾南部の吟遊詩人を記録したドキュメンタリー映画 (2000) や、堂島リバービエンナーレ2013にも参加していた鄧兆旻(デン・ジャオミン, 1977-)による、日本統治時代に作られ長きにわたって歴史に翻弄され続けた流行歌「雨夜花」についての思考をまとめたヴィジュアル部分とイントロだけを流し続ける部分とで構成されるコンセプチュアルな作品《歌うか、歌わないか?》(2014) などがあった。

 

展覧会タイトル「造音翻土」の「造音」とは、音を作り出す行為のことで、そこには、例えば海の波の音を誰かが録音し再現した人工的なサウンドなども含まれる。ただし、今回の共同キュレーターであるルォは「自然の音をただ録音したというのではなくて、そこに何らかの意思が入ることが大切です。ポップミュージックで言えば、例えば誰かが音楽を作って、コンサートを開くとする。それは自分の「声」を誰かに聞いて欲しいという行為です。そういった行為そのものが「造音」である、それを社会との関連で捉えてみたいと考えたんです」と話す。

02_chen_dysfunctionその意味で最も面白かったのが、1983年台北の西門町で陳界仁(チェン・ジエレン, b.1960-)が行った街頭パフォーマンス《機能喪失第3号》の記録映像の初公開である。チェンがまだ今のような国際的な名声を得るずっと前に行った伝説の作品で、集会やデモが禁止されていた戒厳令解除前の公共空間において、当時議論を醸し出していた立法委員選挙のありかたに対する抗議として、頭に布をかぶって歩くなどのパフォーマンスを数人で行い、最後に警官に取り押さえられるまでの20分あまりを記録したものだ。 この作品はまさにひとつの強い「ボイス」として、彼らの掲げるサウンドカルチャーのコンセプトに符合している。またルォはインタビュー中ティノ・セーガルにも言及していたが、昨今アートの形態としてのパフォーマンスが再び大きく注目されつつある中で、この展覧会は、音の持つ身体性に注目し、リアリティを託そうとしているのであろう。

 

「翻土」とは農業用語で土を耕すという意味でもある。何かを翻すだけでなく、耕すことから新しい生命を育もうという意思がそこにはある。 オープニングライブに押し寄せ、歩道にまで溢れた観客に揉まれながら、ポップミュージックや民間吟遊詩人などまで裾野をひろげた台湾のサウンドの広野の中で、何かが芽吹く音を聴いた気がした。

 

作品画像キャプション

陳界仁 Chen Chieh-jen 《機能喪失第三号》(Dysfunction No. 3)

パフォーマンス、8mm フィルムをDVDに変換、カラー、約 20 分、(撮影日:1983 年 10 月 30 日)

photo courtesy of the Cube

 

 

 

■造音翻土-戦後台湾サウンドカルチャーの探索

 Altering Nativism ─Sound Cultures in Post-War Taiwan

会場:MoNTUE(北師美術館)

会期:2014年2月22日- 4月20日


時間: 10:00~17:00 (月曜休館)

なお、当展は、高雄市美術館に巡回予定(会期(仮):2014年6月7日--- 9月14日)

キュレーター:何東洪(ホー・ドンホン)、羅悅全(ジェフ・ルォ)、鄭慧華(エイミー・ジェン)

 

MoNTUE(北師美術館)公式サイト: http://montue.ntue.edu.tw

The Cube (立方計劃空間)公式サイト:http://thecubespace.com

 

2014-03-31 at 03:56 午前 in ワールド・レポート | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)

チャーウェイ・ツァイによる『パルケット』展ローカル・プロジェクト

台北から岩切澪さんのレポートです。

 

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前回のレポートからずいぶん時間が経ってしまったが、今月から隔月でレポートを再開する。

ここ5年ほどの台北のアートシーンの変化には、目を見張るものがある。アートスペースの誕生や移転、そして休止、アートピープルの移動や、進行中のプロジェクトなど…香港やシンガポールのような派手さ、華やかさはないかも知れないが、確実に新しい風が吹き込んでいるように思う。プロジェクトや展覧会レビュー、インタビューなどを織り交ぜながら、少しずつ発信してみたい。

 展示風景/All photo courtesy of Charwei Tsai

 台北市立美術館では、この夏「パルケット 1984年以降の220人のアーティスト・エディションとコラボレーション+5」という展覧会が行われた。スイス発のアート雑誌『パルケット』は類似の展覧会をこれまで世界各地で開催してきており、日本では2009年に金沢21世紀現代美術館で行われている。(「美術誌パルケットと現代アーティスト達のコラボレーション25年の歩み パルケット・エディションズ」)今回の台北展では、パルケット誌のこれまでの歩みに、ローカル・プロジェクトを5つ加えた展示となった。日本からチームラボが招待されたほか、地元台湾から、近年意欲的に活動してきた「キューブ・プロジェクト」や「台北コンテンポラリーアートセンター」、『典蔵・今藝術』(ARTCO) 誌、アートマガジン『Lovely Daze』を出版しているチャーウェイ・ツァイが招かれた。この中で、ツァイが行った「18人の台湾人アーティストたちに影響を与えた本」というプロジェクトが、台湾のアートシーンを知る者にとってはすこぶる楽しいものだったので紹介したい。

 ツァイが選んだ18人のリストは、彼女と個人的に親しい台湾人アーティストを中心に、国際展の常連から、注目の若手までを網羅したものである。ちなみにツァイ自身、2006年前後から多くの国際展で活躍中のアーティスト。Lovely Daze は2005年からツァイが編集・発行しているアート雑誌で、当時の美術雑誌を過度に客観的だと感じていた彼女が、異なるアプローチで雑誌を作ろうと考え、アーティストの作品やテキストを、視覚的なダイアリー形式で編集したものだ。印刷・装丁ともに、シンプルで美しいデザインが魅力的である。

「あなたに影響を与えた本について教えてください」と言われた時、アーティストはいったいどんな本を選ぶのだろうか。リストは彼らの作品のバックグラウンドを反映し、アーティストによっては、リストやビデオインタビュー自体が表現活動の一環ともなっているように思える。  


Chenchiehjen_list現在台湾を代表する作家として名声を不動のものにしている映像作家のチェン・ジエレン(陳界仁)(過去にも紹介http://www.art-yuran.jp/2009/03/----709f.html のリストには、マルクスの資本論から、ネグり&ハートの「帝国」、インドの作家アルンダティ・ロイに至るまで、グローバル化した世界における今日的な議題に踏み込んだリストであり、腑に落ちる。昨年の資生堂ギャラリーでの個展が記憶に新しいリー・ミンウェイ(李明維)がインタビュー中で語る「枕草子」の細部についての思いは、彼の作品の持つ細やかな魅力の参照点となっている。金沢21世紀美術館や、十和田市現代美術館に作品が収蔵されているマイケル・リン(林明弘)のリストは、見事にデザインや制作関係の本に集中しているが、小説もよく読むはずの彼が、こういう場で個人的内面をあけっぴろげに見せないところが何とも彼らしい。

Leemingwei 

 上)チェン・ジエレンのリスト 展示風景

左)リー・ミンウェイ インタビュー光景

下)香港生まれ台北在住のリー・キット インタビュー光景



Leekit昨年香港から台湾に移り住んだ今年のベネチア香港代表作家リー・キット(李傑)は、インタビュー中で「この本の黄色くなったところが好き」と、本の持つ物質性を再三強調する。彼の日常生活中のモノに対する視線が如実に表れており、ここから彼の作品への理解が進む。横浜や青森にレジデンス経験のあるユー・ジェンダー(余政達)は、オランダ発のゲイ雑誌BUTTマガジンを紹介する。ユーのインタビュー映像は、既に彼の作品そのものだが、彼がこの雑誌を選んだ理由は、セレブでなく普通の人々が登場するからだという。それはそのまま、普通の人々や日常にある様々なギャップについて語って来た彼の作品に通じる。そして、究極のリストは、ラオ・ジャーエン(饒加恩)の挙げた「聖書」一冊、だ。ラオは、今年大阪の国立国際美術館での「夢か、現か、幻か」に参加し(ジャオ・チアエン名)、台湾の外国人労働者たちが自分の見た夢について語ったビデオを展示している。聖書を選んだ理由について、ラオは、自らがキリスト教徒であること以外に、聖書が叙述しているあらゆる事件が、ヨーロッパ、帝国主義と宗教の関係を明らかにしていると思うから、と語る。確かに、グローバリズムという新たな帝国主義時代を生きる私たちにとって、聖書は今一度読み返す価値のある本だろう。 

全体を通して見ると、アーティストたちの選ぶ本はどれも魅力的で、あれもこれも読んでみたくなった。個人的に収穫だったのは、未邦訳の中国や台湾人作家の面白そうな本を知ることが出来たことである。それぞれのリストは非常に幅がある一方、作品のタイプは全く違うのに、複数の作家に共通して上げられていた本もある。そのひとつが、ガルシア・マルケスの「百年の孤独」だ。(ユェン・グァンミン、リー・キット、チャーウェイ・ツァイ)彼らも読みながら家系図を裏表紙に書いたのだろうか、なんてことをにまにまと想像しながら、観賞するひとときは、何とも至福だった。

■18人が選んだ本のリスト完全版は、そのうちLovely Daze のウェブサイトhttp://lovelydaze.com にアップされる予定。 

■プロジェクト参加アーティスト(斜体下線付のアーティストはインタビュービデオあり):

陳界仁(チェン・ジエレン)(b.1960)、 張乾琦(ジャン・チェンチー) (b.1961)、 李明維 (リー・ミンウェイ)(b.1964)、 林明弘 (マイケル・リン)(b.1964)、 袁廣鳴 (ユェン・グァンミン)(b.1965)、 姚瑞中(ヤオ・ルイジョン) (b.1969)、 葉偉立 (イェ・ウェイリー)(b.1971)、 王虹凱 (ワン・ホンカイ)(b.1971)、 崔廣宇 (ツェ・グァンユー)(b.1974)、 楊俊(ヤン・ジュン)(b.1975)、 周育正 (ジョウ・ユージェン)(b.1976)、 饒加恩(ラオ・ジャーエン) (b.1976)、 李傑(リー・キット)(b.1978)、 蔡佳葳 (チャーウェイ・ツァイ)(b.1980)、 呉季璁(ウー・ジーツォン) (b.1981)、 蘇育賢 (スー・ユーシェン)(b.1982)、 余政達 (ユー・ジェンダー)(b.1983)、 陳敬元 (チェン・ジンユェン)(b.1984)

インタビュービデオはYouTube上で見ることが出来る。(英語/中国語字幕付き) https://www.youtube.com/watch?v=pYvATYTCEEs&feature=youtu.be

■「パルケット 1984年以降の220人のアーティスト・エディションとコラボレーション+5」展 

(台北市立美術館 2013年5月18日〜8月25日)

 

2013-12-30 at 10:28 午前 in ワールド・レポート | Permalink | コメント (0) | トラックバック (0)